お礼を言うんやったら、〇〇〇〇に言わんかえ!!

競輪博徒の父親のもとに育ち、しかし父上を恨むことなく今も幸せに暮らされてる僕のネッ友“よしおさん”を先日紹介しましたが、とある掲示板(競輪とは全く関係ない)に彼は
父親との思い出を再び語ってくれました。

昨日のバレンタインデーの日、想定外だったおふくろからのチョコをつまみながら読んでた
らひさしぶりに泣けてきました。

夕焼けをずっと、感じていた。コオモリの羽ばたきが僕達のチャイムだった。グランドで、白球を追いかけた。有名選手を、子供ながらに真似した。汗を、感じずに、流した・・・。

僕は野球少年だった。憧れて、憧れて、ただただ、白球を掴もうとした。悲しかった・・・。自分が左利きだから・・・。

僕が少年時代、誰もが新ピンのグローブを買ってもらえる時代。でも僕は買ってもらえなかった。まして、僕は左利き・・・父が僕に渡したグローブは、叔父さんからの、お古・・・しかも右利きの人が使う、左手につける、グローブ。僕はそれを、右手に付け、グラウンドを走り回った。親指に入れる所が、小指・・・小指に入れる所が僕の親指・・・。白球を掴む事など、出来なかった。けど、友達の輪に入ろうと必死だった。からかわれた事もあったが、周りの友達も、こいつは、そんな奴だと、認識していて、それ以上、突っ込んでこなかった。それが、僕にとっては、一番辛かった。でも、みんな、僕を仲間に入れてくれた。大阪人で言うゴマメだった。お父さんに左利き用のグローブを買って欲しいと、言える家庭環境では無かった・・・。欲しいのは、子供心で、苦しい程、あったが怖くて言えなかった・・・。僕は、それでも元来左手に付けるグローブを右手に付け、おかしな格好で、みんなの仲間に入れてもらっていた。僕の親父は、僕がグラウンドで、走り回っている時間帯も家にいた。競輪、競艇、を見ていた。いない時は、賭博現場に行っていた。僕は、グローブの事を、ただの一度も、親父に言った事が無かった・・・・・・・。

小学五年生の、夏休み、いつものように、友達みんなと、グラウンドで、野球をしていた。当然、僕は見ているだけの、補欠だった。大声を出し、町内のエースと言われる、A君を後押しした。その時・・・夏の蝉がうるさかったのを憶えています・・・僕の親父が子供達で遊んでいるグラウンドに・・・僕の友達が言いました。「オイッ、おまえの親父とちゃうんか!!何しにきたんや。でもお前の親父は、怖いからのぉ~!いっつも、家に、おるんやろ!!ガラ悪うて、しゃあないわ!」僕自身もちょっと、緊張したのを、憶えています。僕、何か悪い事でもして、みんなの前で、シバカレるんと、ちゃうやろか?みたいな・・・。恥かしい事をされるのは、慣れていましたが、子供の遊び場まで、やってくるのは、初めてだったので・・・。僕は、とりあえず、親父の方へ、ダッシュして、走って行きました。怖かったけど、出来るだけみんなの前じゃ無い所へ・・・。でも、親父は、僕が親父の所へ到着するまでに、ある大きな箱を僕に向かって放り投げ、そのまま、背中を向けて来た道を帰って行きました。僕は、その箱を手に取り、それが僕に渡した物だと、確信し、開けてみました・・・。

左利き用のグローブでした。新品のメーカー物のグローブでした。親父は、左利きの僕を不憫に思い、買ってきてくれたのです。何にも言わずに去っていったのは、今現在思うと、自分の行動に照れていたのでしょう。僕は、その時、不思議と、涙は出ませんでした。正直言うと、まだ、怖かったと思います。みんなが、集まってきて、そのグローブを貸してくれと・・・そんな気分の良い気持ちは初めてでした。僕は、有名選手にでもなった気分で、その日、白球を・・・どこまでも・・・追いかけました・・・。

コオモリが、バサバサと僕達子供に帰宅のチャイムを鳴らしました。僕は、親父にありがとうと、お礼を言おうと、心に決めていました。でも、家に帰ると、親父はいつものように、僕には振り向かず、競輪新聞を難しそうな顔で、見ていました。子供に、ありがとうと言う言葉すら言わせないオーラがあったのです。でも僕は恐る、恐る、「左利きのグローブ、有難う」と言いました。親父は、黙ったまんま、一分ぐらいしてから、言いました。「お礼を言うんやったら、中野浩一に言わんかえ!!」11歳の僕は、意味が解りませんでした。その時、何故だか、メソメソ、泣いた事を憶えています。親父は、僕達子供の事も考えてくれていたのです。不器用な生き方を子供に言っても解釈出来ないから、ただ、黙っていたのだと思います。左利きのグローブを買ってもらってからは、僕もレギュラーにしてもらいました。必死で白球を追いかけた「夏」は、甲子園出場を果たした人も、町内で、走り回った人も、全く同じ、灼熱の「NATU」だったのです。心が真っ赤に燃え上がる幼少時代を過ごせた事実を、博徒親父に感謝します。そして、間接的ではありますが、中野浩一様・・・僕の青春をありがとう・・・。


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by satomarumakoto | 2007-02-15 20:47
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